こんにちは、なかです🙋♂️
今学期も終わりに近づき、いよいよ台湾の大学院を離れる時期が来ました。
上記の記事を投稿してから約2年が経ったかと思うと、時間の流れが早すぎて信じられないくらい…
台湾で交換留学と正規留学を経験し、以前他の記事でも正規留学のしんどさには軽く触れましたが、
正規留学は学面だけでなく、
正直後半は精神的にしんどかったのが多かったです。
今回はそんな一年半にわたって私が経験した、
同級生があまり良くなかった正規留学の経験談を語りたいと思います。
始まりはキリスト教の学校選択だった…
私の選んだ学校は、
・98%の生徒がキリスト教徒
・学校で先生やお仕事をしている人もキリスト教徒じゃないとダメ
という完全なる「キリスト教徒」の学校でした。
日本で普通キリスト教徒じゃない方は、私のように全く普段接点がないと思いますし
キリスト教の私立高校・大学などもありますが来ている生徒はキリスト教じゃないっていう事例も
日本ではよく見かけますが
私の行った学校は『ガチのキリスト教徒』のが行くキリスト教徒が経営している学校でした。

キリスト教徒って言っても、キリスト教を信じている一般の人じゃないの?
って思うかもしれませんが、

日本では宗教を通じた詐欺もよく聞いたりしますが
台湾人ではキリスト教徒の割合は日本より多い+台湾は本当にちゃんと信じて毎週教会に通っているキリスト教との方が多い。
そしてキリスト教徒は一般人と考え方が違うポイントが多いんです。
この学校に入って「感じた」又「びっくりした」事一つ目

この学校…ガチだ…
ガチのキリスト教徒だ…(悪い意味ではありません)
別にキリスト教徒の方が経営してるとは言っても、
そんな詐欺にあったりキリスト教を信じることを強要される訳ではないのですが
やはり、「考え方が全く違うな、観点が違う」と感じる点が多かったです。
私がこの学校は凄く「キリスト教だな」と感じたことはチラッとご紹介します。(※悪い意味ではないです)
例えば、
〜学校で感じた当たり前〜
〜個人的理解不能だった学校の謎ルール〜
〜ルールないけど見えないルールだったなと感じるもの〜
・週末にクラブ行ったり、バーに行ったりしてお酒を飲むべきじゃない
=普通にお酒飲むはいいけど、highになりたいからとかでお酒飲むのはキリスト教徒的にNG
⇨(私の意見)どんな目的でお酒飲んでるかなんて他人には分からないのに勝手に判断して悪口を言うのも謎だった。私生活なんて個人の自由だし、他人がどこでお酒飲んでるとか私は全く興味なかったので「なんでそんなに他人が気になるの?」って思っていた
・露出NG
=短いスカート△ お腹出し△ 胸見えないけど胸元(鎖骨)あいてる服もNG
⇨(私の意見)台湾の若い子なんてみんな短いスカート普通に履いてるし、下品じゃない少しの露出なら別にいんじゃないかって思っていた。それもダメなのはこの時代からして変に厳しすぎないか…?
・綺麗すぎる格好や派手な化粧はキリスト教徒には好かれない
⇨(私の意見)日本人の私は当初知らなくて、ちゃんと毎日お化粧もして綺麗目の日本で着る様な服を着ていたら(日本人にとったら本当に普通の服)色んな子に「そんな正装してどこか行くの?」って言われたり、毎日遊びに行ってるんじゃないかとか言われたり…変な陰口を言われた

私的には日本と同じように綺麗めの服で化粧もするのが当たり前(日本の文化的に)だったので、普通のことしてるだけなのに悪口言われるのが理解出来ず…
など大まかに凄く気になった点はこれくらいですが、変な門限の厳しさや他人を気にする度合いが凄くて
私自身は「私が好きな人以外は興味ない」タイプだったので理解できない部分や慣れない部分も多かったです。
真面目でもなく普通に過ごした1学期
私自身、最初の1学期は
・大学なのに変な門限など変に厳しすぎる
・まず授業内容も聞き取れない内容が多いので、頑張りたいけど内容が分からないので頑張れない
・そもそも私キリスト教とじゃないし週に4日もあるチャペルの時間が嫌
・日本人で化粧や服装など見た目が派手なので遊び人と思われる
私自身ももう24歳なのになんでこんな早い門限があるの?とか学校のルールに不満もあったし、
頑張り方が分からない部分もあった+見た目が派手なので同級生にも「真面目じゃないよね」と勝手にレッテル貼られていました。
でも実際基本は真面目だけど真面目に見えない外見もあったりして、そう言う部分が追加で彼らの勝手なイメージを後押しする誤解を与えたのかなと思ったり。

しかも当初私は陰で何か言われてるとかも知らず…
(日本でいたら普通の格好してただけだし、それで過去に悪口言われたことなかったので)
後々知ってちょっとびっくりしてました。
もはや貴方達と喋ったことないし関わったこともないけど!?って😂
1学期はそんなこんなで陰で色々変な判断下での評価を言われてたみたいですが私は気付いてなかったので、
特にすごく気になることはなく平和に暮らしていました。
真面目になった2学期から同級生との関係が崩れ始めた
2学期になってから、自分でも「ちゃんとしよう」って思える出来事があって
かなり真面目になりました。
宿題は勿論きっちりやったし、自分ができることはなるべく人より多くやったり、自分でも頑張ってたなと思います(←自分で言うwけど本当ちゃんとやってました)
でも真面目になってから、
仲良くしてた同じ大学院生の32歳台湾人女性と揉め始めました😂

これが悲劇の始まりだったのです…
小さな始まりは彼女の一言に返した私の一言でした。
彼女は大学院生になったのに、家が色々あって〜とか教会が色々やることあって〜とかで
宿題提出は毎度遅れるかやってないし、プレゼンのクオリティも低いなど気になる事は色々ありましたが私は目を瞑っていました。
彼女はいつも「疲れた」「もうやだ」とかマイナスな言葉ばかり呟くので聞いてて嫌だなと思うことは多々あり…
ある日彼女が言った

もう全て諦めたい…放棄したい
と言う言葉に

そんなに言うなら、諦めたらいいじゃん。
って返してしまったんですよね…
(いやでも本当に、学生に戻って頑張るって気持ちが彼女からは感じられなかったし、いつも不満ばかりでうんざりしてたって部分もあって、ポジティブな私はマイナスな言葉を聞くたびに溜まってた物があったんです)
(心の声)
そしたら授業後に「話がある」って言われて、そういう事は言うべきじゃないと思うって説教されました。

確かに言うべきじゃないきつい厳しい一言言ったけど、
マイナスな言葉を毎日”何十回”も聞かされるこっちの身にもなって欲しいと思ってました。(私も悪い部分もあっただろうけどさ…)
元々1学期は仲良かったのに、私が2学期になって真面目になり今まで話しててた
「あの宿題やってない出来てない分からない」の話題も全て無くなり
彼女にとって”同じ出来ない友達”がいなくなったからなのか、段々と距離を感じる様になりました。
プレゼンで揉めて、関係は更に最悪+不仲
プレゼンで彼女(32歳)ともう1人台湾人の女性Aさんと3人グループを組むことに。
彼女が忙しいのは知っていたので私とAさんが8割の内容をして、彼女は最初の会社説明やプレゼン作成など2割をお願い。
(ここで公平な割合じゃないのは私とAさんの優しさ)

このプレゼンは本当に悲劇だった…
だって授業の内容聞き取れてないからプレゼンの内容も曖昧なのに人への親切心で難しくて内容が多い部分を担当したんだもん…
案の定、そもそも何をするか分からないので人に聞きまくり。
プレゼンの内容とかどう作るべきか、とか説明も何度もしてもらったし、
沢山助けてもらってきっと沢山迷惑もかけました。
そして悩みながら泣きながら約2週間かけて手探りながらもプレゼンを作り、プレゼン3日前に私の部分は完成。
〜悲劇の始まりカウントダウン〜
①プレゼン前日、彼女が私たち2人に送ってくれたプレゼンに軽く目を通し「OK」と返事。
②でも夜にもう一回よくよく見てみると数字の場所が一つだけ反対になっていたので

そこだけ変えておいて欲しい💦
とLineで連絡。(この時既に24時で彼女が疲れてるし寝てる時間と知っていたのであえてLineで伝えた)
③プレゼン当日、

なんでこんな重要なことをLineで伝えたの!?私の会社の社長なら電話して夜中に直させるよ、こんな緊急なこと…!!!
とキレられる。(私はあなたの社長じゃないけど…って思った私😂)
④

疲れてるだろうし(いつもそう言うから)体調の事を気にして起こしたくないから、電話で伝えなかった😞
と言っても聞いてもらえず。
⑤「夜中でもこんな大事なこと電話して起こして言うのが普通!」とブチギレで言われるが、
『一つ数字の場所を変えるだけなんて15秒あったら変えれるミスなのに人を起こしてまでする事か?』と私には理解出来ず。
⑥「なかはプレゼンに対して本当に適当だし、全く重要視してない」と言われる

しかもAさんも32歳女性側について…まあ台湾人でかたまりたいの分かるけど😂
確かに私の確認不足でこうなったけどそんなに否定する必要が分からず、心の中で悶々としてました😂
でも私も確認不足だったし、で謝ったんですがそれと同時にそんなきつく怒ることかなとも思っていたので
気遣いの押し付けではないですが「私の気遣いは完全無視か〜」とも感じていました。
最後の学期で違和感を感じ始める
そんなこんなでプレゼン悲劇が起こった後はさらに悲劇でした。
普段迷惑をかける分、私がなるべく多い部分をやる様にしたりしてましたが
私が少しでも分かってなかったりすると(外国人だから中国語が分からない部分は全く考慮されず)
「なかは本当適当だね」
「そんなんじゃ誰もなかと同じプレゼングループになりたくないよ」
「みんな、なかの事真面目じゃないって言ってたよ」
「土日もカフェとかに行くのもやめた方がいい、印象悪いよ」
「本当は台湾に残りたかったからこの学校に来ただけで勉強しに来た訳じゃないでしょ?」
「学校やめたら?」
とか色々その32歳女性や他の同級生(同じ大学院の同級生数人)にも言われました。

言われるたびに、しんどかったしストレスで眠れなかったり食欲も無くなったり。
授業中先生の説明で中国語が分からないから、プレゼンでも何をすればいいか分からない時もあるのになあ…って葛藤したりしてました。
(ストレスで食欲なく不健康に痩せてた時😱)
それでもなんとか向き合って、指摘された所はちゃんと直していこう、とかしてましたが
後半では「出来るだけ関わりたくない」「もうやだ」と疲れてきた部分も実際ありました。

あの頃はグループでやるプレゼンも多かったし、
私の学校は学生が凄く少ないので他に仲良い友達は同じ授業におらず、
色々ひどい事言われてましたが授業と成績の為に我慢してある程度仲良くしてました。
本当に自分が悪いのか…?
3学期に入って、
「本当に全て自分が悪いのか?(どう見てもそうでもない事が多かった)」
「なぜこんなにも否定されないといけないのか?」
「なぜ私ばかり謝って、相手は全く謝らない or 譲らないのか」
と段々疑いの気持ちが出て来ました。

この疑いの感情が、今振り返ると「正しかったな」って思えます。
他人を気にし続けて自分を消費するより、自分だけに集中して距離を取ろう
と思い始めるように…

でもこの覚悟が出来るまで一年かかりました。
当初は人に頼らず自分で何もかも出来るようにしないといけない自信がなかったのもあったのも原因…
最後に1学期はグループ発表もなく、個人のテストや個人のプレゼンのみだった事もあり、
個人の実力での勝負になりました。
そうすると面白い事が起こったんですよね。
私の悪口を言ってた大学院の同級生数人は
私よりプレゼンも課題もテストも成績も評価が下だったんです。🤓
勿論私は外国人で聞き取れない部分は授業後に先生に直接聞いたり、課題で細かい指導が必要な時は個人的に連絡をする事で理解を自分で深めていました。
「統計学」など台湾人でも難しい問題が多かったので週末は宿題だけでも数時間も時間を割くことで
「完璧に自分の実力に頼り他人に聞かなくてもいい様にする」事を徹底していました。
(基本的に関わりたくなかったので😂)

今思うと本当にしんどかった…分からなさ過ぎて泣いたこともしばしば…
でもこれがあったから後半は全てすぐ分かる様になっていて、最終的には1人で余裕になりました☆
もう、気にしない。
逆に私が1人で余裕になったことでまた陰で悪口を言われてましたが、😂
(そもそもほぼ喋ってなかったのに+多分私が何しても気に食わないんだろうな、とw)
グループプレゼンなどが無かった事もあり、私は気にしない様にしていました。
最後の学期終わりに提出した10ページの計量分析のプレゼントと研究結果は
私の悪口を言い続けてきた同級生 と 私の間に圧倒的な努力の差を見せつけてくれた結果となりました。

先生が私の内容を見て、「非常好(凄く良い)」と評価してくれた時は達成感で溢れてた…
夜中まで起きたり朝まで起きたり、手を抜かずやった甲斐があった…😹
結局最後まで裏で

なかは「宿題分からない」とか「ビザの申請がどうなってる」とか何も連絡してこないけど、やる気なさそうだね
などと変な悪口を言われてましたが、同じ授業では必要な時以外無言+裏で何言われても無視 で通しました。
強くなった私でさようなら
日本の大学では、変な悪口を言われたりこうやって間接的にいじめられたりした事がなかったので
正直ある意味トラウマになった一年半でした。
人の事を純粋に簡単に信じられなくなったし
この学校も大っ嫌いになったし
優しくしてくれて励ましてくれたルームメイト以外の学校のみんなは全く信じれず
普通にカフェに行ったり出る時でさえも誰にも見つからない様に周りを見渡したり
悪口を言われたくなくて普段は化粧もやめてすっぴんでいる様にしたり
服も地味にしてお金がないように見せて、高いものはSNSに載せないようにしたり
(毎日すっぴん・スウェットで学校生活)
偽りの自分で一年半生きました。
でもこの一年半を通して学びもあったし、自分に頼って独立するって何かを学んだ一年でもありました。
海外での学校生活は文化も価値観も違うことで悩む事も多いし
しんどい事も多いし
理不尽なことで責められる事もあったり
正直、表面だけのキラキラして見えることだけじゃないです。

私の代の同級生が”たまたま”あまり良くなかったし、
運が悪かったっていうのもあると思うけど…
こんな体験をしてしまった私ですが海外での学生生活は価値があるからおすすめしたいって
今でも思っているし、本気で学んだ一年半に後悔はしてません。

学校自体は嫌だったけど、経済の先生で凄くいい先生が1人いたので
その先生の指導を受けたくて残っていたのも実はありました🤫
そしてそんな環境でも頑張れたのは『励ましてくれたルームメイトがいたから』もありました。
いい縁も悪い縁も沢山学びがあった一年半。
留学で大事なのは何があっても諦めない事、私と同じ留学生の皆さん頑張ってください♡
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