こんにちは、台湾インスタグラマーのなかです。
タイトルを見てびっくりする方も多いと思いますが、SNSでは明るく楽しく台湾生活を振る舞っている様に見える私も、
実は(ちゃんと)台湾生活で病んだ事があったんです。
私が台中に引っ越したのは2020年の1月の事で、
当時は台中にいてSNSをやってる日本人は私のみで台湾生活情報もまだ乏しかった時代。
今ではTwitterなどで沢山日台夫婦の方や台湾在住の日本人の方が多いですが
あの時は何をするにしても自分で情報を集める必要があったし、
台中では年齢の近い日本人の友達もおらず、生活も彼の家族や彼を繋げての接点のみでした。

台中移住生活半年間の後半、実は病んでたし、本当孤独でストレスも凄かった…😶
ストレス発散出来る友人も近くにいなかったから1人で我慢してて、彼との喧嘩も凄かったし愛も冷めていってた…
今回はそんな「実は病んでました秘話」をブログに赤裸々につづって行きたいと思います。
なぜ台湾移住後、私がすぐ結婚しなかったか
台湾の大学院に行く前に彼に家に移住して半年間住んでたのにも関わらず、
すぐに結婚届けを出さなかった私。
きっと「移住を決意したのに、なんで?」と思う方も多いと思います。
先に一緒に生活してみて確かめた方がいい(海外移住は簡単じゃないという注意喚起)
精神も成熟したであろう26歳になったら籍を入れてもOK(私の親との約束)
→私は両親の同意の上で結婚を円満にしたかったので、26歳まで待つ事にしました。
これらの理由があり、私達は先に籍を入れることはしませんでした。
結婚をすれば台湾での仕事も出来ましたが、していないので仕事のビザも無く…
日本語教師以外の職は、就職経験が2年以上ないと仕事のビザはおりないので(※2020年当時)
私の場合仕事不可で外の接点を作れなかったのもストレスが溜まった原因とも言えます。

今や台湾移住する方の半分は台湾にパートナーがいると思うので、結婚してからの移住の方が多いこの時代。
私はすぐに籍を入れなかったので珍しい方でした😂
彼の実家に住んだことが始まりだった
欲しかった家が数年先に立つという事で、節約を優先して彼の実家に住んでいた私。
こちらの記事でも不満に関する事をサラッと書きましたが、
家によって違うと思うので他の不満に関しては書いてなかった事も…😹
私が感じていた不満を、ここで暴露していきたいと思います!!!!!
(きっと同意見の方もおられるのではないでしょうか…)
→私の実家はグルメで美味しいもの大好き、彼家でのご飯が苦痛+食欲なくなる→痩せる
(運動もしてたので代謝が良いのに彼家のご飯はメニューほぼ一緒で飽きていたので見るだけで食べたくなくて、食べる量も減って激痩せ😂。今思うと痩せすぎですね…😂)
→私はアウトドア派なので、ずっと家にいたくないタイプ。週末ずっと外にいる事が理解してもらえない
→普通に疲れる
→私は台湾にいる数々の親戚が大樓da louに住んでいて一棟の家は行った事がなかったので慣れな買った+上り降り疲れる+建物の造りが日本と比べて雑でひく→もっと綺麗な場所に住みたいと思う
※写真は例です。
→私的には清潔度がまだ足りない、物を捨てたくなるので家内を見ると萎える→家にいたくない😅
→料理好きの私ですが、彼家キッチンは清潔じゃない+調味料や食材買っても勝手に色々使われるので嫌だった
→虫が大の苦手な私、家内の移動も1人でしたくなくなる→彼が仕事中永遠に彼の部屋にいる→家の中でさえ自由を感じない→ストレス
→普通に嫌→ただトイレに行くだけなのに、それさえもストレス
→私は欲があるし好きなものがたまたま高い物が多い(美味しい和食とかもそう)なので基準が合わない

私の要求が多い部分もあるかもしれませんが、育ってきた環境や価値観が
私の家と彼の家とで違うことが多く、生活面で些細な部分にストレスをすごく感じていました。
そもそも台湾と日本で育ってきた国が違うのに、それに加えて育って来た家の環境も違ったら
合わせる側がストレスを感じるのは当たり前でしかないんですよね…
だけどこういう小さなストレスも、「住ませて貰ってる身」前提だからこそ
私がどうこう言える事でもなかったし、
私が勝手に動いて変えれる事もなかったし、
なんなら料理なんて作ってもらってる身なので尚更ありがたいと思うのが普通だし、
って思って我慢してた部分もありました。

でも今思えば最終的にあんなにストレス溜まって病むくらいなら、
我慢せずにとっとと彼の家を飛び出して外に住んでも良かったのかなあ、と思い出すあの日々。
あの頃を思い出すと今でも彼と喧嘩になるくらい、彼家族への不満も実際ありました。
彼に言っても、彼自身は自分の家族に私が不満を持ってるとは伝えれないし…
彼もそんな複雑な心境を持っていた様ですが、私は環境から来るストレスで余裕もなく…
毎日彼と同じことで喧嘩して、毎日泣いてました。
家にいても自由がないけど外にも居場所がない
上記で述べた不満の数々…😂
家にいる事さえもストレスだけど、今考えても問題なのは
家に限らず外でもストレス発散方法がなかった事。
あの頃は台中に日本人の方(日台夫婦の方など)もみんな台北ばかりで、
台中で会える同じ日台夫婦の環境を持つ友達もおらず…

だからと言ってSNSにストレスを上げ続けるのも、見た人は嫌な気持ちになるだろうなと思って上げれず😞
当時台湾在住で知り合える日本人女性友達は少なかったあの時代(って言っても2020年初め頃)
台湾ブロガーとして活躍中の素敵先輩女子 Cocoさん と Ryoさんが当時、私のストレスを聞いてくださっていましたが、2人とも台北在住⇆私は台中なので中々会えず…
もしあの時外で会える自分の友人が気軽に会える距離にいて、不満を喋れる機会が多くてストレス発散がもっと出来ていたら気持ちだけでも晴れたのにな。。。
・母国語で同じ環境を持つ友達が”近く”にいなかった
っていうのも病んだ一つの要因かな、と今は感じています。
同じ様な悩みを持つ方・台湾生活をもっと知りたい方は、是非見てみてみると良いと思います☺️
私がオススメする、台湾在住歴も長い女子ブロガーの先輩方から学ぶ台湾生活はこちら💁♀️💞
・Cocoさん 🌻 の ブログ Twitter
・Ryoさん 🌸 の ブログ Twitter
・Rieさん 🌷 の ブログ Twitter

家にいればストレスと永遠に向き合う事になるのは当たり前だったから
もし仕事出来てたら家にいる時間も減ってストレスが減少出来たかも。。
私の人生、このままで本当にいいのか?
ストレスが溜まりまくっていた私ですが、仕事は出来ず時間が余りまくっていたので
逆に自分の未来についてちゃんと考える良い機会でもありました。
当時台中で彼の家に生活してる時は、
生活費も彼、欲しいものがあったら彼が買ってくれるし、
それとは別に彼から毎月数万元お小遣いも貰えてたし、彼家に住んでたまるストレス以外は
全く何不自由ない暮らし。

外から見たら何をそんなにワガママ言ってるんだ?って話だったけど、
社交的なのが好きな私がずっと家にいる事自体が合ってなかったんだろうな…っていうのも原因でした。
不自由はなかった暮らしだけど、ふと考えたんですよね、ここで。
このまま家が建つまで彼の家にいて、このまま彼のお金で生活して、
このまま結婚して家内の仕事だけして、このまま何を買うにしても彼にお願いして、
このまま外との関わりを絶って生活していく…?
もし彼が急に病気になったらどうする?彼の家に頼って自分は何もしないまま、ただの主婦?
彼の家にお金を出してもらうのをお願いして生活する?
未来の生活は誰が守ってくれて、誰が保証してくれる?
自分の未来を好きな人とはいえども、他人に託すのもなんか危険すぎるし
勿論彼のお金にも限界がある。

自分の人生を人にまるっきり預けて限られた額の中での選択肢を
丸呑みにするくらいなら、
自分で稼いでその選択肢も広げていきたいな…と思った。
+自分の未来を守れるのも自分だけだし…
(例えばおうち探しでも、私の欲しい家は4000万元だけど彼が出す場合は3000万元くらいの予算でってなった時に私が自分で稼いでいれば4000万元の家を選べる可能性もあるのに、など妥協する問題が出てくる←私妥協したくないタイプなのでw)
勿論個人の基準によるので感じ方は違うと思いますが、
私は頑固なので全てにおいて自分の人生を送る場所は妥協したくなかったんです。笑
喧嘩の日々→大学院にいくことを決める
ストレスが溜まれば勿論喧嘩も増えますよね。これこそ悪循環のストレスの法則…
なんで私だけが環境を変えて、こんなに我慢しないといけないの?
彼とはこの事でほぼ毎日喧嘩するし、私自身ももう台中に住みたくない…となるくらい、ストレスと喧嘩ばっかり。

国際遠距離を終えて、夢に見てた彼との同棲がボロボロに崩れ去っていくのを感じました。(ここの日本語はもう作家の気分)
好きだった人と一緒に住めたのに、ストレスが凄くて全然幸せじゃなかったし前半ずっと不満を我慢し続けたのが後半で遂に爆発。喧嘩で言い合い→泣くの日々。
未来への不安
自分への不安
なぜ私だけが我慢を強いられるの???????
が重なって、彼と自分の未来の不信にもなってしまったし、
自分の未来でさえも自分で守れないのも嫌だ…ってなって行ってました。
そしてこれが、

「このままいったら本当に彼の事も彼の家族も嫌いになるし、
一旦離れた方がいい。そして、自分で稼げる様になるしかない」
に変わっていったんです😂
でも今の能力では学んだものが少なすぎるし、もっと勉強してからの方がいいな…って事で
台北の大学院入学を決定。
急に大学院進学を決めたのが6月くらい。9月が入学だった為、猛スピードで入学準備😂
⏫
大学院入学は台北の親戚も勧めていた事だったので、入学を決定した事を伝えに台北に会いに行った日の写真。(この日がある意味、私にとってのストレス人生が終わった日でもあった…)
そして無事大学院に入学し、台中を離れることになりました。
穏便な日々と愛を取り戻す
大学院に入学し、勉強に忙しい日々。
大学院でのしんどくて大変な日々は上記のブログにて説明しています。笑
実際台中を離れ台北に住んでからは
彼と、彼の家族と、いい意味で距離を取れる様になったので
自分の中で彼らに対してマイナスな感情を持つ機会も無くなりました。

仲良くなりたくても、やっぱりいい距離感を持つことはマジで大事だし必要だと学んだ…
まあよく考えればストレスを軽く感じた時点で、甘えて外に住んでいればよかったと少し後悔。
あの時は節約って思ってたけど、それより精神の健康の方がよっぽど大事だった…

同棲生活で大事なのは相手中心の生活より、国を変えた自分優先の生活。
国を変えた側がストレスを抱えるのは当たり前なので、国を変えてない相手側がストレスを感じない様に多少は手配するべき、です。本当に。
まあ実際ここで言えるのは、「国を変えた側は多少ワガママしてもいい」という事です。
そして変えてない側がそれを配慮して気にしてあげる、っていう関係性がないと国際恋愛なんて長続きしない。(マジです)
現在私は学校生活は実際忙しくて、時に1ヶ月に1回しか彼と会えない事もありますが
自分で学びをしっかり吸収出来てる事や、自分の未来への道に繋がっていると感じているので
「ストレスも少ないし台中にいた時より充実しているな」と感じています。
彼との関係も元に戻り、喧嘩も減ったのでお互い同居前のように思いやりのある行動が出来る様になりました。
終わりに一言。
実際「自分で海外移住を選んだんだから、我慢するべき。ワガママ言い過ぎ」っていう意見があるのも本音です。間違ってないっちゃ間違ってない。
でもそれでも言いたいのは
は国外関係なく、国内に住む人でも誰もがストレスを感じる事ではないでしょうか。
だからこそ、別に逃げたっていいんです。

…っていうか逃げじゃない。
他の方向から向き合うって感じかな?
「逃げるべきじゃない、向き合うべきだ」って思うからしんどい訳で、
そうやって向き合うことが絶対最善か?って言われたらそうじゃない時もある。
別に住む場所が変わっても仲良くしてくれるのが本当の意味での家族だし、
相手の家族がどう思うかより自分の精神の健康の方がよっぽど大事。

って言うかもし外に住んだくらいであれこれ言われるなら、最初から合わないから表面上だけの付き合いで距離とって生活した方が良い!🤣
(私は彼の親は外でもいいよって感じだったけど、自分で謎に頑なに彼家に住む事を決めてましたww今思えば後悔ww)
と言うことで、もし私みたいにストレスを感じて生活してる方がいたら
・相手の実家を離れ、外に住む
・外に出て仕事してみる(私の場合は大学院に行く、だった)
・付近に友達を作り、会う機会を設ける
など、外に自分の居場所を作ることを見つけるのがオススメです。
国際恋愛や海外移住ってキラキラな所ばっかり持ち上げられがちですが、
勿論苦労が多いのも本音。
海外生活、無理せず自分のペースで健康を保ちながら調整していくのが一番の対策です。
台湾生活、共に充実させていきましょう♡
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